第10章:ここに居場所がなくても、そらに道がある

空には道がある AC わたしのこと

生きる気力を失った日々

「もう無理かも」「どこへ行ったらいいんだろう」
そんなことばかりグルグル考えていました。

ささやかな幸せでいい。

それだけでよかったのに、それすら届かない日々だった。

お腹は空くけれど、やる気がない。
食べれば減る、減れば買う、お金が必要になる。

月末には家賃や光熱費の支払い。

失業給付はありがたいけれど、それだけでは足りません。

ハローワークで仕事を探し、応募してもほとんど不採用。

たとえ採用されても「また元の生活に戻るのか」と思い、心は前に進みませんでした。

お金も気力もなく、何をしたいのか分からない。

気づけば外に出ない生活が当たり前になり、ネット注文で生活が完結する毎日。

「このままでは干からびてしまう」と思ったある日、「これはひとりではムリ。誰かの力を借りなければ!」そう思い立ち、保健センターに電話をしました。

保健師との面談や住宅確保給付金の相談をしたものの、行き着いたのは「再就職支援」。

専門カウンセラーとの求人探しはあったけれど、特別な支援はハローワークとは別のところで仕事をさがしてくれることだけ。

でも、求人に出てくるお給料では生活は厳しく、それを告げると、
みんなその給料でやっている。あなたも同じようにしなさい」という言葉が返ってきました。

「同じようにしなければならない」という言葉は、私にとって呪いのようでした。

みんなが出来るのに、自分はできない人間だという思いが深まり、気持ちはさらに落ち込みます。

更に、仕事を求めてセンターの前に並ぶ人たちの姿に、自分の将来を重ねてしまい、
「ここに通い続けてはいけない」との危機感から、支援を断りました。

その時、私は、「何かを与えてもらえる支援」を求めていたことに気づきました。

そうではない!支援を受けて満足ではなく、自分で切り開いて何とかしなければいけない

が、どうしていいのか分かりません。
八方ふさがりで、どこにも行く道はありません。

やがて、ここに私の居場所はなくても、お空には道が広がっている思い、「お空に行く」ことばかり考える日々になったのです。

お空に行く誘惑と危うさ

玄関から1歩外に出たとしても、そこから更に何歩も進まなければいけない。

けれど、ベランダからなら一歩で終わる。

その誘惑が、危ういほどに身近にありました。

住んでいたマンションを事故物件にしない方法、迷惑をかけない方法。
そして、お空に行く理由づけまで考え始めました。

そんな中でも、かつて「心が満たされない人に笑顔を届けたい」と願っていた自分を思い出す瞬間は少しだけ残っていました。

が、こんな状態では、世間で何の役にも立てないと絶望が深まりました。

ディマティーニとの出会い

ある日、何気なく流していたYouTubeで「ドクター・ディマティーニ」の名前を耳にしました。

即座に検索し、価値観に合った生き方を説くその言葉に衝撃を受けます。

「あなたがやる気がでないのは、最高価値に生きていないから」

それは私がずっと感じていた違和感の答えでした。

人それぞれ大切にしているものは違う。

「みんなと同じに」という言葉が私に響かず、呪いの言葉となった理由も、そこにありました。

アフィリエイト。
心から勧められない商品を販売することが心とズレていたことにも気づき、私はメンターの教えを学ぶことに夢中になりました。

そして、お空に行く思いは遠のいていったのです。

それからも、自分の居場所を求めた道は続きます。

どんどんと、自分が望んでいた道とは離れていく感覚が続いて、進むことも戻ることもできずに、立ち止まったままグルグル回っている時間が長く続きました。

でも、もう引きこもることはしません。

ほとんど外に出ないので、引きこもる生活には違いはありませんが、心まで引きこもることは無くなりました。

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