第5章:戻れる場所があるから、治療への決断ができた日のわたし

治療への決断 AC わたしのこと

 

抗がん剤治療という現実

手術から約3週間後、病理検査の結果を聞くよう呼ばれました。
「家族を呼んでください」と言われました。

家族はいません。妹弟は気軽に呼べるところに住んでいません。
しかも、お盆真っ只中。

そんなに急に来れるわけないじゃないか!
怒りにも似た思いが一気に膨らみます。

何だかんだと話し合い、結局、ひとりで聞くことにしました。

病理検査の結果は、追加で抗がん剤治療の必要性。
半年間、月に1度の入院治療が予定されていました。

そして、さまざまな副作用について説明がありました。

しかし、私の頭にあったのは副作用や髪の毛のことではなく、治療費と生活費のこと。

治療で働けなくなれば収入は途絶え、生活が成り立たなくなる。

これまで何度も、病気を理由に職を失ってきた経験が脳裏によみがえりました。
半年間働けないのであれば、またクビになる…。

医療者の「半年間、働かないくらいで生活がひっ迫するの?」という無神経な言葉に、心は冷え切りました。

治療費を試算してもらい、ため息しかでません。

そんな中、「生活保護を受ければいい」と軽く言われ、さらに距離が広がっていきました。

「待ってくれる人がいる」という安心

一時は「治療をしない」という選択肢が頭を占めていました。
抗がん剤治療をしても再発や転移をしないとは限らないし、治療をしなくても大丈夫なこともある。
どちらも同じような氣がしていました。

そんな中、妹や知人からの「治療はしてください。生きてください」という言葉に揺れます。

職場に相談してみるしかない!
クビになることを覚悟の上、職場へ連絡。

月1回の入院治療が必要になることを伝えると、「大丈夫です。お待ちしています」と即答が返ってきました。

当然、契約は終了だと思い込んでいた自分にとって、その言葉は大きな転機でした。

「待ってくれる人がいる」「戻れる場所がある」という安心感が、治療を受ける決意につながったのです。

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