子どもの頃に感じた居場所の違和感
子どもの頃から、「自分の居場所」がよくわかりませんでした。
なぜ自分はここにいて、この家族の中で生きているのか。
ずっと心の奥で問い続けていました。
子どもの頃は、
「自分は火星あたりから来て、この家族の中に飛び込んできたのかもしれない」
と思っていました。
だから、なぜここにいるのか、本来の居場所はどこなのかが、ずっと頭から離れませんでした。
母に聞いてもはぐらかされ、やがて
「誰に聞いても分からないことなのだ」と知ります。
それでも本来の居場所があるはずだと思い続け、
大人になるのが嫌になり、自分の部屋に引きこもった時期もありました。
学校に通うようになってからは、原因不明の体調不良が続き、
大人になってからも病院を渡り歩く日々。
進学しても、社会に出ても、転職しても、引っ越しても、
「ここが私の居場所だ」と思える場所にはなかなか出会えませんでした。
天上人の夢の中で生きるという考え
それでも、なんとか生きていくために、
わたしは「気にしないこと」にしてきたのだと思います。
というか、中学生の頃に、自分なりの結論を見つけていました。
それは…
――私たちは、自分の中に自分だけの神さまがいる。
(私は天上人(てんじょうびと)とよんでいました)
その人の夢の中で生きて、その人が望む道に向かって進んでいる。
もし、その人が(もうやめよう)と、目を覚ましたときに私も終わると。
だから、何があっても最終的にはうまくいく。
でも、まったく違う道を選んだときは修正が入り、合っている道ならば追い風が吹く。
こんな考えが自分の進む道。
でも、現実はなかなかうまくはいきませんでした。
なかなか上手く生きることが出来ません。
人付き合いが苦手で、職場でもうまくいかず、仕事は好きではありません。
転職を繰り返し、どこへ行っても自分の居場所とは思えず、「逃げ」の転職ばかり。
声を追いかけた挑戦とその終わり
そんな中、一念発起して、子どもの頃から憧れていた声優を目指しました。
環境を変えて学び始めましたが、
年齢の壁や経験不足もあり、結果は出ませんでした。
それでも10年間挑戦を続け、オーディションを受け、レッスンを重ねました。
「ここまでやってダメなら諦める」と決めていた期限を迎え、声優の道を断念。
夢中で走ってきた分、立ち止まった途端、バーンアウトして動けなくなりました。
生活の基盤はなく、気力もなく、でも生きるために就職活動を再開。
150社以上にエントリーし、
面接では涙が出るほど心ない言葉を浴びたこともありました。
それでも何とか仕事を見つけ、働き始めましたが、
どこも長くは続かず、再び職探しの繰り返しでした…。


